それはわたしが物心つく頃に遡(さかのぼ)る。
わたしが物心ついた時には既に自らの記憶にない行動は始まっていたようだ。
不思議なことに今、この状況ならそれが分かる。
当時のわたしには自らの行動がどのような理由で生み出されているものなのか?その判断や区別などできてはいなかったのである。
当時のわたしの行動と言えば、感情によって生み出されるものがメインであった。
当たり前と言えば当たり前である。
幼いわたしには思考や意思によって物事を判断するということはなかった。
すべての判断は感情によって生み出されるただの副産物であった。
わたしがどのような行動を起こそうとも、それはその時の気分次第なのである。
すべての決定権は感情が握っているのである。
当時のわたしは、自分自身の行動に何の疑問も持ってはいなかった。
なぜ自身がそのような行動を取るのかなんて考えようもない。
そのため、自分が自分の思考や意思によって行動しているのか?
それとも、それ以外の力によって動かされているのか?
という判断にまでは到底、到達できることではなかった。
0 件のコメント:
コメントを投稿