わたしは自分でも不思議なくらい落ち着いて自らの状況を眺めていた。
自らの身体とその表現がどのように展開していくのかを見届けなければならないと強く感じていたからである。
冷静になって周りを見渡すと、今までは見えなかったものが見えてきたりする。
心の状態によって認識は随分と変わるものだと思った。
それは、目の前の暗闇に目を凝らせば、そこには黒い犬の顔が浮かんでいたからである。
今までは気が付かなかった。
単純にいなかっただけかも知れないが、それでもわたしが冷静ではなければ見えてはいなかったであろう。
それから、冷静になることでもう一つ分かったことがあった。
それは黒い犬の抱える気持ちである。
それはきっと本心であると思うのだが、彼は苦しみや怒りで「寂しさ」を包んでいて、本当はそれを訴えているのであった。
抱えている感情が寂しさであったとしても、それはやがて苦しみとなり、怒りとなり、そして憎しみとなる。
感情というものはそう言うものである。
有らぬ方向に変化していく。
すべての感情が直接的な表現ができるはずがない。
わたしたちも自らの抱える感情を素直に表現することは難しいことがある。
黒い犬もいつの間にかに自らの本心である「寂しさ」を素直に表現することができなくなっていたのであろう。
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