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自身の体験をつづりたいと思います。
拙い文章ではありますが、お暇ならお付き合いください。

2013年4月29日月曜日

追憶 433

自らの心が暗闇をさまよっていることを理解することができていれば良いが、未熟なわたしにはそれができなかった。
わたしが自らの愚かさに気が付くのには、それから十年の歳月を要した。
自らの愚かさに気が付かないまでも、キリギリスを殺したあの気持ち悪さを感じた時から、わたしは無闇やたらに命を奪うことができなくなってしまった。
あの感覚を味わうことが怖いのである。
わたしは正当な理由もなしに命を奪うことをやめた。
正当な理由とは、「食べるため」ということである。
身を守るために殺すのさえ、間違っているように思えてならない。
命は命と繋がり、その連携によって自然界が機能している。
人にとっての害虫も、自然界においては益虫であるのだ。
わたしは自らの感覚やそこから導き出された考えが間違っているとは思えなかった。
間違っている部分はあるかもしれないが、根底にあるものはきっと間違ってはいないだろう。

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