このブログについて

自身の体験をつづりたいと思います。
拙い文章ではありますが、お暇ならお付き合いください。

2012年6月30日土曜日

追憶 130

ワクワクする気持ちを抑えつつ意識を高めていると、目の前を何かが素早く飛び跳ねるような感覚を覚える。
わたしの気持ちが更に高揚したのは言うまでもない。
今までに出会った霊というのは、皆それぞれに破滅的なプレッシャーを抱えていた。
それは、怒り、悲しみ、孤独、痛み、絶望・・・
様々な破滅的な感情が壁となって迫ってくるのである。
その度にわたしは身構える必要があった。
身構えることが無ければ対抗することができなかったからである。
破滅的な感情(霊)に向き合うのは命懸けなのであろう。
しかしながら、今回は何のプレッシャーも感じることはなかった。
童心に返り、宝物を探しているような気分である。
この状況がわたしにとってはとても素敵なものとして感じられていた。
しかしながら、この素敵な時間がいつまでも続くことはなく、すぐに崩壊してしまうことになる。

2012年6月29日金曜日

追憶 129

ある日、いつもと同じように瞑想に耽(ふけ)っていると、突然に心が高揚するような不思議な感覚を覚えた。
それはどちらかと言えば嬉しい感覚だったので、わたしはそれを放っておくことにした。
嬉しさを例えるなら、心に羽が生えたように軽く、フワフワしているようである。
何故だかは分からないが、この状態がとても楽しかった。
きっとわたしは一人で瞑想しながらニヤニヤしていたに違いない。
楽しい気持ちが大きくなり、次第にそれを無視することができなくなると、わたしはその感覚に向けて意識を合わせてみることにした。
心の中に広がる楽しい気持ちを追って進むと、一瞬だけではあるけれど薄暗い空間の先に何か動物のような姿が見えた気がした。
四つ足で尻尾があったから何かの動物で間違いないだろう。
わたしはその姿を明確にするために、集中を高めることにした。

2012年6月28日木曜日

追憶 128

黒い犬がいなくなってというもの、わたしの心はとても軽くなったように思えた。
意識的な感覚は以前にも増して優れてきたような、そんな感覚があった。
それは黒い犬と共に消え去った幼心の存在が大きいのかもしれない。
自らの心の傷を治癒させることはとても重要であることを理解した。

相変わらず、わたしは自らの「深み」と意識的な感覚と意識的な存在(霊)を求めて自らの内に向かっていた。
眠りに就く時には必ず「金縛りになりますように!」という願い事が日課になっていた。
わたしの願いが通じたのか、それから金縛りに会うことが増えた。
わたしはそのことが嬉しかった。
今までには触れることができなかった意識的な世界と、使うことができていなかった意識的な感覚が開けていくようで、そこに喜びを感じずにはいられなかったのである。
わたしはワクワクしていた。
そのワクワクがわたしに素敵な出会いをもたらすことになるとは、この時のわたしには想像もできないことだった。

2012年6月27日水曜日

追憶 127

しかしながら、勇気を出して向き合って乗り越えた過去は、必ず豊かさとなってくれるのである。
人は無意識に苦しみを自らの記憶の中から排除する。
事実を湾曲させたり、忘れたふりをしようとする。
どのような人物にも後悔を伴う過去の傷というものが心には存在しているだろう。
事実を湾曲し、忘れてしまうことも良いとは思う。
しかしながら、傷口は気付かぬ内に化膿し、やがてその痛みを隠し切れなくなる。
その時に、処置が遅いと取り返しのつかないことも有り得るのである。
どのような過去を所有していようとも、それと向き合うことはとても大切なことなのである。

黒い犬がどのような道を辿ったかは分からない。
しかしながら、あれ以来一度も会ってはいない。
「無事」でいてくれたら良いのだけれど。

2012年6月26日火曜日

追憶 126

誰もが後悔を持っている。
誰にも取り戻したい過去はあるだろう。
心に刻まれた傷は未だに生々しくその傷口を血で滲ませているかもしれない。
わたしたちは自らの過去と向き合うことによってのみ、その傷を塞ぐことができるのである。
傷を塞ぐことができても、そこに傷跡は残ってしまうかもしれない。
しかしながら、過去と向き合い、それを乗り越えた者にはその傷跡は勲章に成り得るだろう。
わたしたちが人生を豊かな場所にするためには、どのような過去とも向き合うことを恐れず、それを乗り越えなければならないのである。
心が満たされることが人生の豊かさに繋がる。
心が満たされていることが幸福や豊かさの条件なのである。
どのような方法であっても、心の傷を乗り越えることができれば、人は人生に幸福や豊かさを得ることができるのである。
わたしの場合は、自らの心の中に存在していた黒い犬と幼心と直接的に向き合い、その苦しみの内容を理解することであった。
人によって過去に負った心の傷を癒す方法は違ってくるだろう。

2012年6月25日月曜日

追憶 125

朦朧(もうろう)とする意識の中で、わたしは謝罪を繰り返していたように記憶している。
黒い犬と幼い自分に対してのものであると推測するが、図らずも傷付けてしまったことに対する謝罪であるだろう。
とにかくわたしは「ごめんなさい」と何度も何度も繰り返していた。
謝罪する中で、黒い犬の感情が徐々にではあるがその苦しみを手放していく様子が見て取れた。
わたしが自らの満たされていない心の部分を実感することで、そこには自然と謝罪が生まれていた。
それは、自らの心を満たすことが人生における自分自身の責任であるということを伝えているのではないだろうか?
幼い頃の心の傷と今になっても向き合わなければならないのは、人生においてそれを無視するということができない証である。
わたしたちは、過去の苦しみから生まれた心の傷を無視することはできない。
それを無視し続け、忘れた振りをするということはできるだろう。
しかしながら、一度できてしまった心の傷は放置しているだけでは治ることはない。
過去に戻ることはできないが、自らの心の中に出向き、そこに存在している傷と向き合うことがなければ、それが癒えることはないのである。
今回のことでそれが強く印象として残った。

2012年6月24日日曜日

追憶 124

いつの間にかに、わたしは「こっち」に戻っていた。
そこにはいつもの部屋の様子が映っていたが、空気がとても清々しく、何かが微妙に違っていた。
その何かが何なのかを明確に説明することはできない。
長年の悩みが解消された?生まれ変わった?なんだかそのように感じるのである。
どこが?と聞かれると答えられないのだが、世界が違うように感じられるのである。
それはきっと、心が違うのであろう。
心が変わったのである。
心が変わったから、世界が変わったのであろう。

黒い犬は去った。
彼がどこへ行ったのかは分からない。
しかしながら、彼がどこか遠くへ旅立ったことは確かである。
失って初めて、今まで感じていた感覚が存在していないことに気が付いた。
黒い犬が存在していた意識的な部分の欠落が、わたしに新たな感覚を伝えているのである。

2012年6月23日土曜日

追憶 123

次の日に心へ向かった時には、やはり身体は倒れて叫び声を上げた。
しかし、その中で昨日とは違う出来事があった。
それは黒い視界に黒い犬が浮き出て来たということだった。
しかしながら、そこにいる黒い犬はいつもとは明らかに様子が違っていた。
もう、わたしのことを威嚇(いかく)してはいないのである。
その表情はとても柔らかく、安心に満ちて落ち着いているのであった。
わたしは意表を突かれてしまった。
黒い犬の柔らかな表情に触れると、わたしの力みが解けていくのを感じた。
黒い犬がわたしを威嚇をし、わたしに敵意を向けていた時には意識的にはもちろん、無意識的にも緊張し力んでいたということに気が付いた。
それもあって、わたしは激しい疲労を感じていたのだろう。

わたしは穏やかさに包まれる世界を見た。
黒い犬がいる世界は相変わらず暗い場所ではあったが、そこには見えない希望の光が十分に存在していたように思えた。
暗いけれど、とても明るいのである。
わたしはこの状況を心から喜んだ。
それはこれがわたしの望む状況だったからである。

2012年6月22日金曜日

追憶 122

この時、わたしの身体は彼らの感情を表現し、同時にその苦しみを発散しているのだろうと感じていた。
推測に過ぎないので何とも言えないが、感覚的にきっとそうに違いなかった。
気が付いた時には、既に意識的な世界から抜け出していた。
敷き布団がわたしの顔半分を覆っている。
片方の目が捉えた景色は、いつもと同じ部屋の風景だった。
相変わらずの重たい身体を引き摺るようにして、何とか体勢を起こした。
疲労が心と身体を支配していた。
きっと、わたしの記憶にないところでは大いに叫んでいたのだろう。
体感よりも長い時間叫んでいたに違いない。
今回は黒い犬に会うことはできなかったが、わたしはどことなく問題の核心へと近付いているような感触を得ていた。
それはわたしに喜びをもたらし、更なる意欲を掻き立てるものでもあった。

「明日また、心へ向かおう」

わたしは密かにそう決意するのであった。

2012年6月21日木曜日

追憶 121


自らと向き合っていると、様々なことが浮かんでは消える。
ベッドに倒れ込む身体を感じながら、わたしは自らの愚行の原因と向き合っていたのだろう。

口がこれでもかという程大きく開かれる。
意識的にそうしている訳ではない。
わたしの意思に反して、身体が勝手に動くのである。
しかしながら、わたしはそれを容認している。
今となっては、意思に反するどのような身体の動きも決して拒絶しようなどとは考えない。
わたしはただ「流れ」に任すだけである。
感覚的な部分は残されている。
口があまりにも大きく開くものだから、あごが外れるのではないかと心配する程だった。
わたしは低い声を発して叫んでいた。
それは悲痛な叫びに聞こえた。
黒い犬とわたしの幼心が発する悲しみの叫びである。

2012年6月20日水曜日

追憶 120

幼いわたしが荒れていたのも、わたしの心の中を寂しさという「点」が悲しみという「面」となって支配していたからである。
幼いわたしにはその支配から逃れる程の力はなかった。
まるで人格が入れ替わるように、秘めた感情が何らかの形で爆発するのであった。
わたしの場合は人に迷惑をかける様々な愚行として爆発したようだ。
深く考えもしていない軽率な行動を起こす人を見ていると、自分自身がそうであったように、心が何らかの破滅的な感情によって支配されているのだろうと推測することができる。
誰も好きで荒れている訳ではない。
荒れているのには、現状の本人では解決することができていない問題や、現状ではどうすることもできない理由を抱えているという訳があるのである。
できることなら、誰にも迷惑を掛けたくない。
誰も傷付けたくない。
誰も悲しませたくない。
もちろん、自分自身が悲しみたくない、傷付きたくない・・・
当然、このような気持ちも抱えているのである。

2012年6月19日火曜日

追憶 119

身体が動き始めたのは、それからしばらく経ってからのことである。
小さくも異質な意思が、わたしの心の中にとても小さな「点」を打つ。
それは気が付かない程の小さな「点」ではあったが、やがて全体を覆い尽くすような「面」になる。
そうやって心は支配されていく。
どのような支配も、初めは小さなことからである。
支配されたしまった心は、その状態から簡単に抜け出すことはできない。
自分自身でその状態が異常であると認識していたとしても、その強固な「面」からは抜け出せない。
支配は人の自律を殺す。

幼いわたしは、愛情によって満たされない心の中に生み出される悲しみの感情による支配を受けていた。
それは小さな「点」から始まったものかもしれないが、気付かぬ内に「面」となっていた。
悲しみはわたしの心を支配し、そこに存在している黒い犬をも支配した。
悲しみという破滅的な感情に支配されてしまった心は制御を失う。
破滅的な心は荒れるのである。

2012年6月18日月曜日

追憶 118

次の日も、わたしは自らの意識の世界へと向かった。
部屋をできるだけ暗く、できるだけ静かで落ち着けるような環境になるように整える。
呼吸を徐々に深くして整え、精神を沈めて心に至(いた)る。
目紛るしく飛び交う思考や記憶を潜り抜けると、いつの間にかにそれはそれは静かな場所に出る。
そこにはとても大切なものがたくさん存在している。
今のわたしにとっては黒い犬と幼心であった。
気が付くと自分の身体がベッドに横になっていた。
横たわる身体を感覚によって感じ取ることができた。
この時、自分の意思では瞼を開けることはできなかった。
無理矢理に開けようとしてみたが無理であった。
この場において自我は価値を持たないのであろう。
肉体の感覚は働いてはいるものの、それを制御することはできなかった。
わたしは抵抗すること無くその流れの中に身を任せる。
抵抗しても意味が無いのは前回の体験で十分に理解していた。
わたしは身体が次の動きを始めるのをただじっと待っていた。

2012年6月17日日曜日

追憶 117

気が付くと、眠りから覚めた時のような気怠さと思考が滲(にじ)むのを感じていた。
わたしはとても疲れていた。
重たい身体がわたしに黒い犬のことを思い出させる。
ベッドのすぐ脇にあるカーテンを勢い良く開け放つと、磨りガラス越しに眩い白い光が眼球を直撃した。
わたしはそれに驚いて顔を背けたが、カーテンはそのままにしていた。
それは頭を目覚めさせたかったからである。
瞼(まぶた)に映る白を見ていると、次第に思考が整ってくるのが分かった。
思考が少しだけでも整うと、そっと瞼を開いてわたしは外界に触れるのであった。
天井を見上げて一つ息を吐き、わたしは再び瞼を閉じた。
黒のスクリーンには先程の黒い犬との攻防?が再び映し出されていた。
黒い犬の行動?
なぜあの時、黒い犬はフェードアウトしていったのか?
わたしにはそのことが理解できなかった。
回らない頭で考えたところで答えは出ないだろう。
それでもわたしはそのことを考えずにはいられなかった。
黒い犬が残した意味を考えながら重たい身体を引き摺って、水を飲むためにわたしは部屋を出た。

2012年6月16日土曜日

追憶 116

肉体は低い声を響かせ、ベッドの上でもがいていた。
わたしはどうすることもできずにただそれを見守っているだけに過ぎなかった。
しかしながら、どういう訳か少しずつではあるものの、黒い犬の意識がフェードアウトしていくのに気が付いた。
なぜだか黒い犬の感情が徐々に薄れていってしまうのである。
これは一体どういうことなのだろうか?
わたしには初めてのことばかりで展開を予測することもままならなかった。
風船が萎(しぼ)んでいくようにわたしの前から黒い犬は徐々に撤退を始めていた。
遠ざかる意識を前にして多くの疑問が尾を引いたが、わたしにはどうすることもできない状況である。
手を伸ばすことも、それを引き止めることもできないのである。
わたしにできることはと言えば、それが最善であると信じ、すべての状況を受け入れることだけであった。
少しずつ遠く薄れていく黒い犬の意識を見送りながら、わたしは少し寂しい気持ちを抱えているのであった。

2012年6月15日金曜日

追憶 115

その時、肉体が自らの意思に反して動き出したことに気が付いた。
身体は苦しそうにその場で寝返りを繰り返している。
そして、口を大きく開けて小さな唸り声を上げ始めた。
小さくも低い唸り声が、わたしを包む小さな部屋の中に響き渡った。
それはまるで苦しみから逃れようとしているかのようであった。
この時、わたしはこのような状況において、自らの意思が必要ではないことを学んだ。
何と言うか、自らの意思によって動かすのではなく「任せる」のだと理解したのだった。
それはこの状況・・・
今回ならば黒い犬にである。
苦しみを訴える者に対して、自らの身体を貸すというような感覚が正しいのかもしれない。
わたしと言えば、それを少し離れた所から客観的に見守っているようであった。
どうしてこのようなことができるのかは正直分からない。
しかしながら、自分に特別な力があるとも考えづらい。
特殊な力とかそういう類いではなく、何かもっと原始的な力であるような気がしていた。
わたしは状況に驚きを感じながらも、流れに任せてそれを見守っていた。

2012年6月14日木曜日

追憶 114

いつもと同じ方法では意味が無いと感じていた。
それは、この状況が既にいつもとは違うからである。
指先を動かすことなんて何も考えなくてもできる容易なことだ。
それは容易すぎて、普段のわたしは思考が生まれることにも気が付かない始末である。
何も考えず、何も感じずに指先を動かすことができる。
当たり前のことである。
それは指先に限ったことではない。
肉体を動かすのにも思考は必要ではない。
実際には思考、もしくは意思の働きが無ければ肉体が動くことはないであろう。
思考や意思の働きがあってこその肉体の動きなのである。
しかしながら、生まれた瞬間から身体と共に在り、それを扱ってきたわたしたちはいつの間にかにその行程を忘れてしまっているのである。
思考や意思を生産し、それが肉体を動かす過程が瞬間的に処理させるために、それに気をとめることはない。
しかしながら、今のわたしにはその当たり前の行動すらできないのである。
当たり前のことを当たり前にできることが、これ程幸せなことだったと感じたことはなかった。
わたしは当たり前の自由を得るために、必死になってこの状況に適する方法を探すのだった。

2012年6月13日水曜日

追憶 113

幼い頃と同じように黒い犬による肉体の支配が始まったのであろうか?
しかしながら、今回は様子が少し違うようにも思えた。
何と言うか、心地好いのである。
今までは、支配されている時間を覚えていないか、どちらかと言うと不快な気持ちがあった。
愚行を行うに際して心地好いということもないだろう。
わたしにとって、あの時間は苦痛でしかなかったのである。
しかしながら、今回はそれとは全く反対の心境である。
そこに心地好さを感じるなど初めてのことだった。
わたしは初めての感覚に多少困惑したが、心地好いということは単純に良いことだと解釈し、そのことについてそれ以上言及することはなかった。
わたしは、とにかくこの状態から抜け出す必要があると考えた。
自分の身体を取り戻さなければならないと思ったのである。
自分の意思と身体とが離れているということは、とても不安である。
指示を出しても動いてくれない身体ほど恐ろしいものはないであろう。
わたしはどうすればこの身体が意思に従って動いてくれるのかを考え始めていた。

2012年6月12日火曜日

追憶 112

わたしが今いるのは「日常」の世界であった。
視覚を除いたすべての感覚によって自分自身の存在と今置かれている空間と状況を捉えることができている。
わたしはベッドに寝転がっているようであった。
瞑想を開始した時には、確かにあぐらをかいて座っていた。
しかしながら、今は倒れている状態である。
その間、何があったのかは全く覚えていなかった。
その時、わたしは思いがけず自らの身体が自らの意思と連携していないことに気が付いた。
普段やっているようには、身体が動いてはくれなかった。
どのように意思を送っても、わたしの意思には何の反応も示すことはなく、また全く動こうとはしなかったのである。
この身体がまるでわたしと切り離されているようである。
幼い頃、わたしは自分の意思ではない意思によって動いていたことがあった。
それはわたしの意思を無視して愚行を引き起こしていたが、今回の「これ」はそれと似ているように思えた。
即ち、これは黒い犬による肉体の支配である。

2012年6月11日月曜日

追憶 111

ぼんやりと滲(にじ)む頭の片隅で、どこからともなく聞こえてくる何かの声は絶えること無く鼓膜に触れ続けていた。
洞窟に反響する声のように歪んで聞こえてくるそれは、わたしを幻想的な世界へと誘っているようだった。
わたしは働かない脳みそでその声を必死になって追いかけたが、捕まえることはとても無理だった。
気分が悪くなったのを感じた時、わたしは自分が直立不動のままその場に倒れ込むのに気が付いたが、それを止める手だてはなかった。
暗い地面に叩き付けられた。
しかしながら、次の瞬間には声がはっきりと聞こえていることに気が付き驚いた。
視界には何の光も映らない。
そこにあるのは真っ暗闇だけであった。
頭が痛い。
わたしの中にはいくつもの疑問が飛び交っていたが、次から次へと繰り広げられる急な展開に追い付くことに必死になっているために、疑問を消化する暇がなかった。
しかしながら、分かったことが一つだけあった。
それは、わたしが辿り着いたのは普段わたしが「生活」をしている世界であるということだった。

2012年6月10日日曜日

追憶 110

しかしながら、その道のりは決して気楽なものではなかった。
考えが甘かった。
わたしは自らの甘さを痛感することになる。

わたしは胸を打つ突然の衝撃と共に天地がひっくり返るのを見た。
世界が混乱によって支配され、それと同時にわたしは視界を失った。
次に気が付いた時は、暗闇の中に小さな声を聞いた時だった。
どこかで聞いたような小さな声がわたしの耳に優しく触れていた。
わたしはそれをどこかで懐かしいと感じていた。
どこかで聞いたような声であるが、それがどこであったのかを思い出せない。
妙に身体が重たかった。
これは一体どういうことだ?
身体が鉛になったように鈍い。
身体が鉛のように重く伸し掛るのは気に食わなかったが、何故かこの状態を頭では心地好いと考えていた。
頭がぼんやりとして気持ちがいいのである。
まるで夢うつつである。
わたしにはここが夢の中なのか、それとも現実であるのか分からなかった。

2012年6月9日土曜日

追憶 109

責任を果たすためには、黒い犬(幼少の心)にできる限りの愛情を注ぎ込み、それを理解してもらう必要があった。
わたしは精一杯の不器用な愛情によって黒い犬を抱きしめ続けた。
すると、暗闇の空間を満たす空気に若干の変化が生じたことに気が付いた。
それは「動揺」であるような気がする。
暗闇には「動揺」が広がるつつあった。
明らかに先程とは感じ方が違う。
心に突き刺さるプレッシャーが明らかに少なくなり、それがてんでバラバラに飛び交っている。
怒りや悲しみといった感情が既にその体裁を保てなくなっていたのである。
わたしはその変化がとても嬉しかった。
黒い犬の感情が変化したということは、わたしの愛情が少なからず届いているということの証明になるだろう。
そこには小さくても活路が存在しているはずなのである。
長く苦しい暗闇のトンネルから、彼らのことを助けられると思うと、わたしはそこに希望と期待を持つことができた。

2012年6月8日金曜日

追憶 108

原因を理解することができれば、後はそれを解決するために動けば良い。
愛情が足らないのであれば、愛情を補ってやれば良いのである。
それはとても単純な話である。

「お金が足らないなら働けば良い」

これと同じことである。
黒い犬(幼少の心)に足らないのは愛情である。
それを埋める役割は自分自身でしかないであろう。
それは、両親がわたしを愛していなかったという理由ではない。
そんなことは関係ないのである。
自分自身が愛情に気が付くことができなかった。
黒い犬を満たしてやることができなかったということである。
もちろん、幼いわたしにはそのような芸当は不可能であったが、結果がどうであれ、それを自分以外の責任へと転嫁することはできない。
幼い自分も、今の自分も、生まれてから死ぬまで総じて「自分」なのである。
生まれてから死ぬまで、すべてが自分の責任として人生は回っているのである。
幼い頃の責任は親が肩代わりしてくれるが、肩代わりしてくれているだけであって、自分自身に責任が無いかと言えばそうではない。
自分自身の責任は、最後の最後まで自分自身の責任なのである。

2012年6月7日木曜日

追憶 107

その時、わたしは頬を一筋の涙が伝うのを感じた。
別に泣きたい訳ではなかった。
涙が出る程の気持ちの高ぶりはないのである。
わたしはなぜ自分が涙を流しているのか理解することができなかった。
しかしながら、わたしの理解に反して、悲しくもないのに次から次へと涙は頬を伝う。
感情ではなくて肉体が泣いているような感覚であった。
わたしはイメージを使って、溢れ出るその涙に意識を合わせてみた。
すると、その意識は自らの胸の中へと向かって伸びていった。
そして、それは黒い犬へと到達するのであった。
どうやら黒い犬が泣いてるようである。
しかしながら、その表情は今になってもまだ威嚇を続けているのであった。
きっと、この涙は黒い犬の本心ではないだろうか?
わたしたち人も同じであるが、怒りや恨みの本質は悲しみであったりする。
怒りは直接的に憤(いきどお)りによってもたらされることもあるであろうが、失望や悲しみが生み出すことも十分に考えられる。
大抵の怒りの原因は、突き詰めていくと悲しみになるのではないだろうか?
黒い犬が抱えているものはわたしの心の傷である。
それは、愛情に満たされないという悲しみから生み出されたものなのである。

2012年6月6日水曜日

追憶 106

そう思った瞬間に、わたしは黒い犬を抱きしめていた。
自分でもなぜそのようにしたのかは分からなかったが、抱きしめざるを得なかったのである。
それは、母親が我が子を自然と引き寄せるような感覚であるだろう。
それは「愛」であったと断言することができる。
黒い犬はわたしの腕の中でも威嚇(いかく)を続けていた。
しかしながら、それを拒絶するようなことはしなかった。
察するよりも多くの苦しみを抱えているに違いなかった。
幼いわたしが暴力的であったのも、その幼い心が愛情によって満たされてはいなかったからであろう。
黒い犬を抱きしめていると、そのことがひしひしと伝わってくる。
わたしは何てことをしてしまったのであろう。
これでは黒い犬と自身の心があまりにも可哀想ではないか。
苦しみを訴える知恵も言葉も持たなかった幼少なわたしと、意識的な存在である黒い犬をずっと苦しませていたにもかかわらず、今までそれに気が付いてやれなかった自分を恥じた。
わたしは何度も「ごめん・・・ごめんね・・・」と彼らに許しを求めた。
彼らが許してくれるのかは目的ではなかった。
謝ることが今の自分にできる最大の責任であると感じていたのである。

2012年6月5日火曜日

追憶 105

わたしは目前の黒い犬と自分自身を哀れに思った。
自分を可哀想だと思ったのはこれが初めてかもしれない。
幼い頃に感じた痛み、そしてそこから生じた悲しみ。
そして、それを代弁する黒い犬。
わたしはどうにかしてそれらを満たさなければならないのであろう。
それがわたしにとってはとても重要な要素であるということは否めない。
それらを解決しない限りは先へ進むことはできないように感じていた。
心に負った痛みや悲しみが癒えることはあるのであろうか?
そこに刻まれた記憶や傷が消えることはあるのか?
怪我をすれば傷が生じ、そこには痛みが走る。
やがて痛みは引くが傷は傷跡として残る。
心もそれと同じようなものではないだろうか?
本人が忘れているということはあるだろうが、傷自体が消えるということは無いように思えた。
そう考えると、わたしがやらなければならないのは傷を消すというよりは、傷を受け入れるということであるだろう。

2012年6月4日月曜日

追憶 104

黒い犬は「わたし」である。
おかしな表現であるが、どういう訳か彼からは自分自身を感じることができるのである。
黒い犬の心を理解した時、彼が自分自身の心を表しているとなぜか理解することができた。
黒い犬はわたしが幼い頃からずっとわたしの中にいたに違いない。
彼を理解する程にわたしは自分自身を理解することができた。
自分自身が覚えていないことまで教えてくれているような感覚である。
黒い犬はわたしの代わりに心に受けるはずの痛みを受け続けてくれてくれていたのであろう。
どのような事情があるのかは分からないが、わたしのことをかばってくれていたようである。
そうでなければ黒い犬と向き合った時に自分自身を感じることなんてないであろう。
とても不思議な感覚であるが、そのように感じるのは事実なのである。

2012年6月3日日曜日

追憶 103

自分自身では愛情の不足を実感として感じたことはなかった。
もちろん、当時のわたしは寂しいと感じたこともなかった。
しかしながら、今になって思うと、わたしは寂しかったのだと確信することができる。
もちろん、教育の不足や自身の能力不足も関係していたに違いはないが、根本的な部分には寂しさ、そしてそこから生み出される悲しみが存在しているのであった。
どのような人間も、その本質は心にある。
心がどのような状態にあるのかによって、その人物がどのような行動を取るのかが決まってしまうのである。
心が満たされている人は穏やかで優しい。
心が満たされていることによって余裕があるのだ。
心が満たされていなければはなはだしく荒れている。
余裕がないのである。
辛い時に叫びたくなったり、やけを起こすのは、満たされない心の矛盾を解消しようとしているからである。
わたしの愚行はその寂しさという矛盾を埋めようとしていたものだったのである。
そのことに自分自身で気が付いた時、わたしの目の前には黒い犬の顔が浮かんでいた。
しかしながら、その表情は先程とは全く違うもののように思えた。
牙を剥き出しにしてわたしを威嚇する姿に変わりはないのであるが、その奥に抱えているものは確実に違うものになっているように感じるのだ。
わたしはその原因を知っている。
それは、わたし自身の心の中に悲しみの感情が存在していることを、自分自身で理解したからである。

2012年6月2日土曜日

追憶 102

当時のわたしには十分ではなかったのであろう。
わたしが愚行を行っていたのは、子どもながらの訴えではないだろうか?
自らの心に必要な愛情が不足していることを言葉で表現することができないものだから、感情や態度によって訴えていたに違いない。
今になって思えばきっとそうなのである。
これは、三人兄弟の次男であるわたしにだけに見られる傾向だ。
きっと、個人的な愛情の必要量の違いではないだろうか?
わたしは昔から愛情を多く求める志向を持っていた。

父親は良く働く人であった。
しかしながら、娯楽には乏しい人で、周囲に漏れず休みの日はパチンコに時間を費やすといった具合である。
もちろん、家族でのイベントを断ってまでパチンコに時間を投入するようなことはしていなかったが、通常の休日は一人でパチンコというのが定番となっていた。
大人には一人の時間も必要ではあるだろうが、当時のわたしにはそこに納得がいってなかったのかもしれない。
そのため、わたしたち三人兄弟は母親と過ごすことが多かった。
父親の娯楽の乏しさが、幼かったわたしの心を蝕(むしば)んでいたのである。

2012年6月1日金曜日

追憶 101

心の扉は鉄同士が鈍くきしむような音を立てながらぎこちなく少しだけ開いてみせた。
そこはわたしが関知していない部分であったために、いつの間にかにその扉は錆び付いてしまったようだった。
記憶とは何とも感情に左右される。
自分自身にとって都合の悪い記憶は心の奥底に追いやり、その扉を固く閉ざしてしまう。
そして、時が過ぎ去るのと共に本人ですらその存在を忘れてしまう。
「嘘も貫き通せば真実になる」と言ったのはヒットラーである。
わたしは自らに不利な記憶を心の奥底に追いやり、それを忘れることによって偽りの真実を味わっていたのである。
しかも、その作業を幼いながらにもやっていたことになる。
わたしの心の奥底には確かに悲しみの記憶、そして感情が眠っていたのである。
わたしは自らの心の扉を開いてみて、ようやくそのことに気が付くことができた。
当時のわたしは確かに悲しかったのである。
それは親から受け取るはずの愛情の欠落であった。
しかしながら、誤解してはいけないのが、親の立場からの感覚と子どもの立場からの感覚では多少なりとも食い違いが存在しているということであろう。
親がわたしに対してどれ程の愛情を注いでいたかというのは、わたしの中の想像でしか計り知ることができないことである。
今になって思えば、十分過ぎる程の愛情を受け取っていたと認識することができるが、当時それをどのように感じていたのかまでは覚えていなかったのである。
しかしながら、心の中に悲しみが存在しているということは、親からの愛情に対する認識や実感が足りていなかったということになる。