「分かった」
	しばらくの沈黙の後、Nは言葉を投げた。
	それは、穏やかな水面に投げられた石のようであり、小さな波紋を作った。
	その波紋がやがて大きなうねりとなって襲うことを、今のわたしは知らないでいた。
	その後の会話は覚えていないが、陳腐(ちんぷ)な別れの挨拶であったように思える。
	六年近い付き合いの呆気ない幕切れに、わたしは泣きながら笑っていた。
	それから、わたしはNに対する思いに苦しんだ。
	これは、初恋以降いつの間にかに忘れていた苦しみである。
	Nの投げた石の波紋が、何度も何度もわたしを襲う。
	耐え切れなくなり、何度かNに連絡したが、Nの冷たい態度にわたしは自分自身を情けなく思い、そして蔑(さげす)んだ。
	
0 件のコメント:
コメントを投稿