わたしに自らの自我意識を認識させたのは事故という経験である。
この事故という経験を与えてくれたのはワゴン車の運転手である。
わたしにとってワゴン車の運転手は、わたしを成長させてくれる”道具”と成り得た訳だ。
自分一人では気付くことができなかったであろう内的矛盾を指摘してくれたワゴン車の運転手は、わたしの協力者であって敵ではない。
即(すなわ)ち、ワゴン車の運転手に敵意を向けるのは間違っているのである。
もちろん、わたしにワゴン車の運転手にも感謝の気持ちを贈った。
彼の功績はわたしに事故をプレゼントしてくれたことであり、わたしの功績は自らの内的矛盾を発見し、自我意識の欲する恨みに溺れなかったことである。
わたしにとって、事故は過ぎ去ったものとなり、終わったことである。
わたしが感謝しているということは、それを受け入れ、消化したということであろう。
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