取り乱す母親を制しながら、わたしたちは後部座席に並んで座った。
	わたしは視界が歪むのと強烈な吐き気によって、瞼(まぶた)を開けておくことさえ出来なかった。
	しばらく沈黙した後に、Nの体調を伺った。
	やはり、Nも気分が優れないと言う。
	それに続けてNが呟(つぶや)いた。
	「女の人がいた…」
	Nは確かにそう言った。
	Nの話によれば、車が衝突する直前に軽自動車の後部座席に運転手を覗き込むような姿勢の女の姿が見えたのだと言う。
	しかし、事故の直後に確認したが、軽自動車には運転手の男性以外には誰も乗ってはいなかった。
	それは、救急隊員も確認している。
	わたしはNが嘘を吐いているとは思えない。
	なぜなら、瞼の裏には真紅の口紅で飾った女の口元が、ゆっくりと引き伸ばされて笑みを作るのを見たからである。
	

