天使や仏の”道具”は、とても大切に扱われるのである。
しかしながら、大切に扱うというのは、丁寧に梱包(こんぽう)されて、棚に飾られているということではない。
その”道具”が、最大限に力を発揮し、最大限に貢献することが出来るように扱うのである。
”道具”にとっては、それが最も豊かな在り方なのだ。
今日の宗教が行っていることは、天使や仏の振る舞いではない。
それは、天使や仏が、今日の宗教のように振る舞うことがないからである。
宗教を信仰している人達は、一体何に従っているのだろうか?
そのことを考えなければならないのである。
しかしながら、宗教を信仰している人達は、自分が何に従っているかを考えない。
なぜなら、宗教のシステムが、”余計な”疑問を抱かないように作られているからである。
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