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自身の体験をつづりたいと思います。
拙い文章ではありますが、お暇ならお付き合いください。

2018年9月16日日曜日

追憶 2170

わたしには、この状況の意味が理解出来なかった。
しかしながら、少なからず祖母には価値のある時間であったに違いない。
わたし以外の人達は、皆"真面目"であるために、何かしらの意味を見出しているのかも知れない。
親戚が集まれる機会と捕らえれば意味も価値もあるだろう。
祖先を大切に思う気持ちを育むのであれば、宗教儀式は必要ではない。
残念ながら、住職は徳の低い人物であるだろう。
なぜなら、徳の高い人物は、わたしには輝いて見えるからである。
住職には、それとは正反対の状態が実現しているのだ。
徳の低い人のお経を聞くことで、霊にも人にも、何か良い作用があるのだろうか?
わたしは母親の横に座ったが、早くも気分が悪くなるのを感じていた。



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