祖母は恐怖(無知)と教育によって、寺の行事を大切に思っている人だ。
大抵の老人は、同じように思っているだろう。
わたしは、祖母程に心の清らかな人に会ったことがないが、それは、恐怖(無知)と教育によって歪められた清らかさなのであった。
心は清らかで良い人ではあるけれど、認識は歪んでいるのである。
わたしは法事に参加する気は無かったが、誘われたので行ってみることにした。
その日、わたしは仕事が忙しいこともあって、一人だけ遅れて寺に向かうことになった。
わたしは、トヨタ社製の86(ZN6)というスポーツカーで寺に向かった。
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