宗教とは本来、そのように人の心を育てるための教えであり、そのための集(つど)いであったはずである。
それが、今日の社会においては機能しておらず、宗教(家)自体が保身に走る始末である。
本来の宗教は、理(ことわり)を悟るための道であったはずだ。
しかしながら、今日では、まるで学校か軍隊のように、教えられたことをそのままか、歪めて伝えているに過ぎないだろう。
もちろん、宗教に携わっている人の中にも、道理を重んじる素晴らしい人物もいるとは思う。
しかしながら、そのような人は一握りに過ぎず、大抵の人は宗教における本来の役割を果たすことが出来ない状態にあるのではないかと思うのである。
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