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自身の体験をつづりたいと思います。
拙い文章ではありますが、お暇ならお付き合いください。

2018年2月24日土曜日

追憶 1966

すべての宗教は"神"を信仰しているはずである。
しかしながら、その神は細分化されている。
それは、争いを生じさせる。
一つの宗教の中でも階級に対して争うが、他の宗教とも同じ理由で争うのである。
どちらも、自分が正しいことを主張するのである。
細分化されているということは、本質から離れているということだ。
それは、未熟ということである。
未熟であれば、誤解を抱える。
誤解は、争いの種である。
細分することが出来ない根源こそが本質であるだろう。
宗教はそれぞれに異なる"神"を信仰している。
それは、宗教という状態が、既に細分化された状態であるからだ。
宗教とは、"神"へ至る一つの経過に過ぎない。
そのため、宗教に属することは一つの段階に停滞するということであり、その状態によっては、"神"へ至ることは出来ないということなのである。

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