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自身の体験をつづりたいと思います。
拙い文章ではありますが、お暇ならお付き合いください。

2013年10月2日水曜日

追憶 389

わたしが自らの人生を自らの力(意思)によって築いていくためには、ある種の疑心が必要なのである。
人々が当たり前と呼んでいる常識を疑い、人としての生き方を疑い、自分自身という存在を疑い、他人を疑い、自らに関わるすべての真偽を自分自身の意思によって確かめなければならないのである。
わたしはそのために、知識と経験を追い求める必要があるだろう。
破滅的な意識を所有し、苦しんでいるネガティブな存在との対峙は大変な苦労を有する。
キャンプ場の女であれ、母親の心の中の人影であれ、その他の破滅的な存在と対峙する時、わたしは自らの命が消耗するような感覚を得る。
しかしながら、それが悪いことであるとは思わない。
寧ろ、それが喜びとして感じられるのである。
それは、わたしが自らの人生において、唯一生きているという魂からの実感だったのである。
破滅的な意識を所有する存在に向き合うことが、今のわたしに対して未知の知識と経験を与えてくれる方法なのである。

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