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自身の体験をつづりたいと思います。
拙い文章ではありますが、お暇ならお付き合いください。

2016年3月21日月曜日

追憶 1288

しかし、これは現時点においてのわたしの未熟な解釈に過ぎない。
そのため、一つの可能性として魂の名前であるかも知れないというところにとどめておこう。
魂に名前があるにしても、それが何の役に立つのかは分からない。
それは、わたしという樹木に一つの新芽が出たくらいのことだろう。
”ラーシャ”という名前を知ったことによって、人生における様々な経験が、わたしを”自分”の名前の意味に導いてくれるかも知れない。
新芽も成長すれば、やがて花を咲かせ実を付けるのである。
その時には、わたしは”自分”の名前に満足しているだろう。

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