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自身の体験をつづりたいと思います。
拙い文章ではありますが、お暇ならお付き合いください。

2015年9月4日金曜日

追憶 1089

また、”自分”という存在を考察する時、わたしは高揚を覚える。
”自分”という存在は、様々な意識の領域によって構成されているように感じるからだ。
それは、脳波として置き換えても良いだろう。
α(アルファー)波、β(ベータ)波、θ(シータ)波、δ(デルタ)波…
それぞれの領域で、働きが違うようである。
その体系がわたしには面白いものに思えるのである。
思考とは、最も扱い易い意識である。
それは、殆(ほとん)どの領域を制御することができるだろう。
それに比べて、感情というものは制御が難しい。
それは、半分は制御することができても、半分は制御することができない。
多くの人は、日々自らの内に存在している感情に手を焼いているのではないだろうか?
無意識は認識の及ばない領域である。
人がそれを認識するとすれば、事が起こった後のことである。
事が起こったとしても、認識の及ばないこともある。
これは意識の領域でも扱うことは困難である。

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