しかしながら、苦しみを受け入れることは容易(ようい)ではない。
それは、多くの人が自我意識を自分であると思い込んでいるからである。
石や木を自分だと思うのであれば、それを打つことも、削(けず)ることも出来ないだろう。
言っておくが、自我意識とは自分ではない。
自分の歪みであり、髪の毛や爪のようなものなのである。
髪の毛や爪は身体の一部である。
しかしながら、それは、切り落とすべきものだ。
髪の毛や爪を大切に思い、それを保護するのであれば、日常生活に支障を来すであろう。
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