光の天秤 -自叙伝-
このブログについて
自身の体験をつづりたいと思います。
拙い文章ではありますが、お暇ならお付き合いください。
2021年3月9日火曜日
追憶 3074
今となっては、わたしは必要な経験を得るために悪さを行なっていたのだと思える。
わたしにとっては、悪さによって怒られ、自責の念によって苦しむという経験が必要だったのである。
それは、わたしが傲慢(ごうまん)に陥(おちい)らないためであろう。
そして、汚れや歪みを取り除くという目的もあったのではないだろうか?
所謂(いわゆる)“良い子”であったなら、わたしは今以上に歪んでいたのだろう。
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