光の天秤 -自叙伝-
このブログについて
自身の体験をつづりたいと思います。
拙い文章ではありますが、お暇ならお付き合いください。
2021年11月11日木曜日
追憶 3321
麓(ふもと)の街(富への信仰(しんこう))から来た人達には、山の歩き方が分からない。
頂(いただき)には何もないということを知れば、登ることをやめるだろう。
登る程に苦しいと聞けば尚更(なおさら)である。
彼等には、“神”への信仰がどのようなものか分からない。
しかしながら、それは仕方のないことである。
“神”への信仰がどのようなものであるかは、少しずつ登る過程において、それぞれが学ばなければならないことなのである。
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