光の天秤 -自叙伝-
このブログについて
自身の体験をつづりたいと思います。
拙い文章ではありますが、お暇ならお付き合いください。
2021年9月10日金曜日
追憶 3259
わたし達は、富が信仰(しんこう)に値(あたい)するのか?ということを熟考しなければならないだろう。
当たり前に生きているのであれば、富に対する信仰に疑問を抱くことはない。
疑問を抱くことがなければ、当たり前を続けていくのである。
日本に生まれると当たり前のことも、外国では非常識であったりする。
わたしは、富を信仰する世の中に生まれた。
わたしの生まれた80年代は、既に富に対する信仰が蔓延(はびこ)っていたように思える。
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