多くの人は、不平不満を抱えて生きている。
それは、自分という分際を理解しないからだ。
自分という分際を理解しないから、余計なものが欲しくなるし、溢れて腐敗(ふはい)しているものに対して苛立(いらだ)ちを覚えているのである。
言っておくが、人は誰かや何かに苛立っているのではない。
自分自身の矛盾(むじゅん)や不自然さに苛立っているのである。
残念ながら、そのことに気が付いている人はほとんどいないだろう。
大抵の人は、自分が正しいと思っているし、自らの傲慢(ごうまん)さや愚(おろ)かさを正当化する程である。
0 件のコメント:
コメントを投稿