このブログについて

自身の体験をつづりたいと思います。
拙い文章ではありますが、お暇ならお付き合いください。

2012年2月22日水曜日

追憶

自らの幼少期を思い返す度に、わたしはどういう訳か自分の中の幼い頃の記憶がはっきりとはしていないと感じる。
幼い頃の記憶というものはどれもなぜか断片的であり、その記憶に対する起源と経過を思い出せないのである。
結果的に自分が置かれている状況は印象として強く残っているものの、どうしてそうなったのか?という結果に対する自らの原因(心境や思考や意思選択)がいまいち分からないし、思い出せない。
その時は自らの意思もしくは感情によってどうするのかを決めていたのだろうが、どうしてもそれを実感として思い出すことが出来ないのである。
幼い頃の記憶など、その程度のものなのかも知れないが…
まだ自我が発達していない昔のことだからそれらの原因を心の隅に追いやってしまい、そこに入って来た新しい記憶に埋れてただ忘れているだけなのかも知れないが、不思議ではあるが当時のわたしにはどうしてもそこには自分以外の意思が存在しているようでならなかった。
(この感覚は小さくではあるが、現在でもわたしに付きまとっている)

なぜかというと、わたしの幼い頃の記憶には、友だちが泣いていること。
何かを壊していること…


もちろん、良い思い出もあるのだが、所謂「悪さ」をして誰かを傷付けたり、大人に叱られている場面ばかりが印象としては強く残っているのである。

しかしながら、わたしがなぜ「悪さ」をしたのかは自分自身では思い出せないのだ。

無論、「悪さ」をしたくてそのような選択をした訳ではない。
何時の間にかに「悪さ」をしていて、誰かを傷付けたり、誰かに怒られているのである。
幼いながらにも自分自身の行動に対する疑問があった。
今となって思えば、もう一人の別の自分がいるような感覚である。
わたしとしては自らの幼少期は自分であって自分でないような…
そういう不思議な感覚なのである。

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